仙台高等裁判所 平成7年(ネ)273号 判決 1995年12月14日
控訴人
吉泉保
同
大和田正志
右両名訴訟代理人弁護士
小林政夫
河野孝之
井田吉則
小渕浩
被控訴人
一乗寺
右代表者代表役員
山賀義要
右訴訟代理人弁護士
小長井良浩
三島卓郎
角山正
真田昌行
木村和弘
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 申立
控訴人らは、次のとおりの判決及び第二項につき仮執行の宣言を求めた。
一 原判決を取消す。
二 被控訴人は控訴人ら各自に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年九月二日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて控訴人の負担とする。
被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
第二 主張
一 控訴人の請求原因
1 当事者
控訴人らは、実の兄弟で、いずれも宗教法人創価学会(以下「学会」という)の会員である。控訴人吉泉は亡養父吉泉廣(昭和四七年七月二二日死亡)及び亡吉泉忠(昭和二二年四月九日死亡)の祭祀承継者であり、控訴人大和田は亡父大和田廣志(昭和四七年八月二六日死亡)及び亡母大和田しつよ(昭和三五年九月一一日死亡)の祭祀承継者である。被控訴人は明治年代に創建され、大石寺を総本山とする日蓮正宗(以下「宗門」という)に属する寺院であり、昭和二七年八月二九日に宗教法人として設立された。山賀義要(以下「山賀住職」という)は昭和三七年に被控訴人の住職になるとともに代表役員に就任している。
2 遺骨の埋蔵
控訴人吉泉は、昭和四九年一〇月頃、被控訴人からその所有・管理する墓地一区画の永代使用権を取得し、吉泉廣及び吉泉忠の遺骨(以下「本件一の遺骨」という)を右墓地に埋蔵した。控訴人大和田は、昭和五二年頃、被控訴人から右墓地一区画の永代使用権を取得し、大和田廣志及び大和田しつよ(以下「本件二の遺骨」という)を右墓地に埋蔵した(以下、被控訴人らの墓地を「本件墓地」という)。
3 遺骨の返還等の不当拒否
控訴人吉泉は、平成四年八月一七日、同月一八日、同年九月二日の三回に亘って被控訴人を訪れ、山賀住職に対し、本件一の遺骨を改葬するため、改葬の承認及び右遺骨の返還並びに古川市に対する改葬許可申請に必要な同申請書の埋蔵証明欄への署名押印を求めた。また、控訴人大和田はこの間控訴人吉泉に同行し、山賀住職に対し本件二の遺骨を分骨するため、分骨の承認及び右遺骨の返還を求めた。その際、控訴人大和田は、当初分骨の場合も改葬と同じ手続であると誤解したために、改葬許可申請書の埋蔵証明欄への署名押印を求めたが、その後は単に埋蔵証明書の交付を求め、分骨であることを明示している。
これに対し、山賀住職は控訴人らに対し、墓地を元に復して返さない限り改葬に応じないなどと述べて、正当な理由なく遺骨の返還と埋蔵証明欄への署名押印又は埋蔵証明書の交付を拒否した(以下「本件行為」ともいう)。
なお、分骨により墓地の永代使用権を失うことはないのは当然であるが、改葬によっても墓地使用権を失うことはないから、山賀住職が控訴人らに対し墓地を原状に復するように要求して本件遺骨の返還等を拒否することは、許されない。すなわち、墓地使用権の三つの特質である固定性、永久性、財産性、つまり、墳墓は特設の墓地内にのみ設定でき、かつそれ自体を容易に他に移動できず祭祀承継者が断絶しない限りは墓地使用権は永久に続くものとされ、墳墓とともに祭祀財産とされていることに鑑みると、遺骨を改葬しても墓地使用者が返還を申し出ない限り、墓地使用権を失うことはなく、ひいては墓地の返還義務も生じないのである。ちなみに、被控訴人の墓地使用規則一二条には、墓地が不要となったときに該当しない限り墓地の永代使用権を失うことはないと規定されているが、控訴人吉泉は山賀住職に対し、改葬後も本件墓地を使用することを明言していたのである。
山賀住職の本件行為は、故意に基づくものであるのは明らかであるが、少なくとも改葬あるいは分骨の場合には直ちに墓地を原状に復して返還する義務があるとの、法規または被控訴人の墓地使用規則についての誤解から生じた過失に基づき、故人を平穏に改葬(控訴人吉泉)或いは分骨(控訴人大和田)したいという控訴人らのそれぞれの人格権に基づく宗教的感情及び改葬(控訴人吉泉)或いは分骨(控訴人大和田)の自由を侵害する、違法なものである。
4 損害
山賀住職の右行為により、控訴人らはそれぞれ計り知れない精神的苦痛を被ったが、この苦痛を慰藉するため、これを金銭に評価すると、控訴人ら各自について七〇万円が相当である。また、控訴人らは、被控訴人が遺骨返還等に応じないため、本訴提起を余儀なくされ、弁護士である控訴人ら代理人らに対し訴訟の提起・追行を委任せざるを得ず、これに伴い弁護士費用として各自三〇万円を支払うことをそれぞれ約束したので、結局控訴人らは各自右合計一〇〇万円の損害を被っている。
5 よって、控訴人らは被控訴人に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年九月二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、本件一、二の遺骨が被控訴人の墓地に埋蔵してあることは認め、その余は否認する。
本件一の遺骨は、控訴人吉泉の養母である吉泉チエ(通称「ふじ」、以下「吉泉ふじ」という)が、昭和四九年一〇月一八日頃被控訴人の墓地一区画を借用して埋蔵したものである。本件二の遺骨は、控訴人大和田の弟である大和田褜芳が、昭和四九年一〇月二二日頃被控訴人の墓地一区画を借用して埋蔵したものである。
3 同3は否認する。
控訴人らは被控訴人に対し、本件一、二の遺骨につき、改葬や分骨を求めたことはないから、被控訴人がこれを拒絶したこともない。もっとも、山賀住職は控訴人らに対し、使用規則上改葬により墓地を使用しない場合には直ちに墓地を原状に復する旨定められていることを説明した。
4 同4は争う。
第三 証拠
原審及び当審記録中の証拠目録記載のとおりである。
理由
第一 はじめに
被控訴人は、控訴人らの本件訴は訴権の濫用であるとの理由から、その却下を求めている。この点に関する当裁判所の判断としては、原判決の当該説示を引用する。但し、その判断の前提とされた事実関係中、本判決の第二で認定するところと相違している箇所はそのように訂正する。
第二 本案について
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件一、二の遺骨の埋蔵とこの返還経緯につき検討するに、前提として当事者間に争いのない請求原因1の事実があるほか、甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第一一号証の一、二、第一二号証、第一三、第一四号証の各一、二、第一七号証、乙第一ないし第六号証、第一二、第一三、第一六号証、第一七、第一八号証の各一ないし四、原審証人錦本雅晴、同大和田民子の各証言、いずれも原審における控訴人吉泉保及び被控訴人代表者の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は明治四二年一〇月一二日宗門の寺院として創建され、山賀住職が昭和三七年に第一一代目の住職に就任した。被控訴人の檀家は、法華講員と学会員を合わせて約一一〇〇所帯である。被控訴人の所有・管理する墓地は、平成六年九月時点で三五〇区画であり、このうち約二六〇区画が使用されている。
2 被控訴人は昭和四五年四月一日宗門の総本山である大石寺に倣って墓地使用規則を定め、これに従って墓地を管理するようになった。右規則によれば、墓地を借用しようとする者は墓地使用申込書を提出し、被控訴人の使用許可を得るとともに初めに冥加料として六万五〇〇〇円を納めるほか、毎年の管理料を納金することと定められていた。これに従い、控訴人吉泉の養母である吉泉ふじは、昭和四九年一〇月一八日本件一の遺骨を埋蔵した墓地を、控訴人大和田の実弟である大和田褜芳は、同月二二日本件二の遺骨を埋蔵した墓地を、それぞれ被控訴人から使用許可を得るとともにその後改定された冥加料である一六万五〇〇〇円を納め、その頃本件一、二の遺骨を各墓地に埋蔵した。なお、控訴人らは実の兄弟であり、隣合せた墓地を借用していた。控訴人大和田は本件二の遺骨の祭祀承継者となったことに伴い、昭和五二年頃この墓地の借用許可名義を大和田褜芳から控訴人大和田に変更した。
3 ところで、宗門の信徒の団体として発足した学会と宗門との間で、平成二年末頃、以前からあった見解の相違と対立が決定的になり、そのため宗門は同年一二月二七日学会の最高指導責任者池田大作の総講頭職の地位を剥奪した。この後、対立関係は直ちに全国の学会員と宗門に属する寺院との間に波及し、被控訴人寺院においても、平成三年元旦の法要の際、学会の第二宮城県県長であっても同寺の檀家総代とはなっていない錦本雅晴が勝手に立上がって発言して宗門批判のほか山賀住職の非難をなし、この時以降学会員から改葬の申出が急増した。平成三年一一月、宗門は学会を団体破門に付し、個々の学会員に対しその旨通知するとともに、宗門に戻るようにと呼掛ける書簡を送った。
4 控訴人らは、平成二年白石市郊外に開設された東北池田記念墓地公園内の墓地を取得していたが、平成四年八月一五日吉泉ふじが死亡し、埋葬する事態になったことを切っ掛けとして、本件一、二の遺骨を被控訴人の墓地から移すことを思い立った。そこで、控訴人らの実弟である大和田政規は、控訴人らに代って同月一六日山賀住職に対し、遺骨を移すことについて明日相談したいとの電話を入れた。
5 翌一七日、控訴人らは大和田政規と控訴人大和田の妻大和田民子も伴って、被控訴人方に赴いた。当日、控訴人吉泉は右池田墓地公園に改葬するとの理由により、同日付の古川市長宛の改葬許可申請書の交付を受けていたが、同申請書には、上記の埋葬事実を認めますとの文言とその下に墓地管理者の署名押印欄が、既に印刷されていた。控訴人大和田も、同日、分骨するのであれば本来は必要としない筈の改葬許可申請書の交付を、同じように受けていた。
控訴人吉泉が山賀住職に対し、本件一の遺骨につき改葬の申出をすると述べたところ、山賀住職は改葬すれば墓地が不要となるものと考え、墓地使用規則一二条の「使用中の墓地が不要になったときは、使用者はただちに、その旨を管理者に届け出て原形に復し、返還しなければならない」との規定に従って、原状に復する、つまり墓標、樒を取って、からひつの周りをコンクリートにして草が生えないようにするか、あるいは被控訴人においてこの措置を取るので、その費用四万円程度を負担するように求め、これを承諾しない限りは改葬には応じられないと話した。しかし、控訴人吉泉は墓地は買ったものであると述べて、山賀住職の説明に対して反発した。大和田民子は一旦改葬した後も、引続いて被控訴人の墓地を使用したいと述べ、山賀住職もそうであれば管理料を支払って貰いたいと説明した。控訴人大和田は特に発言しなかった。このように、控訴人らの対応が改葬に伴い墓地を返還する意思であるのかどうかの点で明確でなかったので、山賀住職は控訴人らに対し、よく相談して決断してから、もう一度来て貰いたいと述べ、その時の話合いは終わった。
翌一八日、控訴人ら、大和田民子、控訴人吉泉の義兄となる吉泉正行の四名が、再び被控訴人方を訪れた。この日も前日と同じように、山賀住職は控訴人らに対し、改葬するのであれば墓地を原状に復して返還するようにと求め、これに対し、控訴人らは墓地の権利を買ったのだから、改葬と返還とは関係がないと応じ、進展がなかった。
6 同年九月二日、控訴人らと大和田民子は、当初からこの間の経緯についての相談相手となっていた錦本雅晴同道のもと、本件一、二の遺骨の返還と改葬や分骨に必要な手続をして貰うために被控訴人方を訪れた。山賀住職が玄関先に出てみると、錦本雅晴が一緒に来ているのを見て、前記3の経緯もあって学会の地区責任者である同人が交渉に関与することを嫌い、即座に同人の退席を求め、そうでなければ話合いはしないと述べ、一旦庫裏に戻った。その後、控訴人らはインターホンを通じて執拗に声をかけ、遂にこれに応じた山賀住職との遣り取りを錦本が録音した。その概要は、控訴人吉泉において墓地は買ったものであるから改葬しても返還する必要がないなどと述べたのに対し、山賀住職は、規則どおり墓地を元に戻せば遺骨を返還するが、そうでなければ返還しないなどと応答し、最後に錦本雅晴が遺骨を返さないんですねと念を押したのに対し、山賀住職が錦本はこの問題に関係ない、警察を呼ぶなどと警告し、錦本雅晴のそれでは訴えますとの言葉で終っている。
7 その後、控訴人らは、同年一〇月五日慰藉料請求以外に遺骨の引渡と証明書等の交付の請求も含めて本件訴訟を提起した。
被控訴人は平成五年三月一五日の原審第一回の口頭弁論期日において、控訴人らに対し、本件一、二の遺骨の引渡しと改葬許可証明書と埋蔵証明書をいずれも交付する用意があることを表明したが、控訴人らは慰藉料請求も含めて請求全部を認諾しない限り、これに応じるわけにはいかないと述べ、拒否した。
ついで、被控訴人は、平成七年二月二日控訴人らが受領を拒んでいるものとして、控訴人吉泉に対し本件一の遺骨の改葬許可申請書を、控訴人大和田に対し本件二の遺骨の埋蔵証明書を、塩竈倉庫株式会社に対して供託した上、その旨内容証明によりそれぞれ通知した。これを受けて、控訴人らは同年三月二九日の原審第一三回口頭弁論期日において、慰藉料以外の請求を取下げ、被控訴人らもこれに同意した。
以上のとおり認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
三 本件の判断に入る前に、改葬や分骨について考えてみると、墳墓内の遺骨を全部他に移す改葬は、原則として改宗ないし離檀に伴うことであるので、墳墓の所有者は寺からの求めを受けるまでもなく、その墓地を返還することになるわけであり、分骨というのも、これがなされる先は本山の納骨所とか故人有縁の他の墓所であるのが通常であるから、寺側としてもとよりこれに異存のあろう筈がなく、いずれも本件の如き紛争には至らず、したがって、これまでそのような事例を耳にすることは少なかったのである。
そこで前記認定の事実に基づき、山賀住職に控訴人ら主張の不法行為があったかどうか判断するに、控訴人らは、改宗したのではないのはもとより、明示の離檀通告もしていないが、弁論の全趣旨からして学会系列の墓地であると認めうる東北池田記念墓地公園内に、本件の墓地とは別に入手していた墓地に改葬ないし分骨しようとしたのであり、宗門と学会との間の前認定のような対立抗争のさなか、学会の錦本県長を後見役にして本件の申入れをしたのであるから、山賀住職において、控訴人らの墓地は今後不要になるものと判断し、控訴人らに対し墓地使用規則による原状回復の措置を求め、この点の意思確認が先決であると考えて、墓地は買ったものであるから原状に復したり返還したりする必要はないとの硬直した態度で押し通そうとした控訴人らに対し、その申入れを拒否したのはやむをえないことであると考える。同住職の対応にも、殊に九月二日の場合など感情的であり、冷静さに欠けるところがあるのは否定できないが、当日は前記錦本雅晴が同道していたので、山賀住職としては交渉につく前にまず錦本の関与を排除し、同人の退席後に話合いをするつもりであったと受け取れないこともないので、前項3の経緯等もあることを勘案すれば、このような対応をするのも無理からぬことというべきである。このほか、本件訴訟の提起された後のことであるが、被控訴人が控訴人らに対し、慰藉料請求の点を除き、本件一、二の遺骨の引渡しと証明書等の交付に応じることを表明したにもかかわらず、控訴人らにおいてこれを拒否し、約二年六ケ月後にこれを供託されてようやく受領したにすぎず、この点からみる限り、控訴人らも遺骨等を引取るにつき、それ程緊急性があるわけではなかったことなどを総合考慮すると、山賀住職の前記行為については、未だ法律上の不法行為といえるほどの違法性は認め難いものと言わなければならない。なお、控訴人らは、予備的に、山賀住職が法規や寺院規則を誤解して本件行為に及んだという過失に基づく不法行為責任を求めているが、そもそも右の誤解があったとしてもそれは右の如き行為の縁由にすぎないものであるから、その行為自体に前記のとおり違法性が認められない以上、過失による不法行為なるものを考える余地はないことは明らかである。
四 よって、本件の本案についての判断に入り、控訴人らの本訴請求を理由なしとして棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小林啓二 裁判官及川憲夫 裁判官小島浩)